久しぶりのジャズ新譜紹介です。8ヵ月ぶり、クリス・ポッターの『イマジナリー・シィティーズ』以来だと思います。ジャズブログとしての使命をすっかり忘れ、オーディオにうつつをぬかしている私。ご容赦下さいませ。今回は思いっきり書いていますのでお付き合いのほどよろしく!
上原ひろみ・ザ・トリオ・プロジェクトの『SPARK』(2015年rec. TELARC)、メンバーは、上原ひろみ(p,key)、アンソニー・ジャクソン(contrabass guitar)、サイモン・フィリップス(ds)です。このメンバーでの4作目、上原ひろみとしては10作目のアルバム。このメンバーで5年も活動し、アルバムを4枚も出すとは思いませんでした。メンバー一丸となってひろみワールドを繰り広げていて、私はこれまでで最高の出来栄えだと思います。
では1曲ずつ書いて行きましょう。まずはアルバムタイトル曲《スパーク》。いきなり度肝を抜くようなこはせず、これからどんなスパークを見せるのかもったいぶるように静かに始めます。オルゴールが鳴っているような出だしは物語の始まりに相応しいです。どちらかというと子供っぽい(悪ガキっぽい)演出が多い上原ですが、今回は大人の演出で成長を感じさせます。
で、サウンドエフェクトシンセを入れつついつものひろみ節が展開。好例の変拍子と繰り返しフレーズから入り、リズムを変えながら進んで行きます。リズムの変化に合わせて曲調も逐次変わって行き、演奏するのはかなり難しい曲だと思います。それを3人で一糸乱れずこなしていくのはこのグループのコンビネーションが如何に高いかを示しています。
PVでサイモンが言っていた、ひろみと私が色々やってそれをアンソニーがつなぎとめるというのを、この演奏で実感しました。演奏中2人は互いに微妙にリズムを乱す展開をしていて、アンソニーはその時々で2人のどちらのリズムに軸足を置いて演奏を安定して進めるか決めながらやっているのが感じ取れます。こういうリズムのインタープレイは高度でなかなか面白いです。
録音バランスは各アルバムで少しずつ違っていて、今回は前アルバムと同様アンソニーのベースが大き目なのに加え、上原の左手のピアノの低音とサイモンのバスドラムのレベルをこれまでより抑え気味になっています。おかげで上記のようなアンソニーの動きが良く聴き取れるようになっています。できれば低音が分離できる良いオーディオで聴いてほしいところです。
プログレ風ハードな曲の合間に挟まる優雅で美しいメロディーが気に入っています。美しいメロディーはピアノソロ(アドリブ)にも散在していて、やはり曲が良いとアドリブも聴いていて楽しいというのを再認識させてくれます。
2曲目《イン・ア・トランス》。お茶目なひろみ全開でアップテンポの楽しい曲。相変わらず複雑な拍子があるけれど、そんなものには目もくれず疾走して行く3人の演奏が痛快。タイトルのとおりだとすれば、上原がトランス状態になるとラテン・テイストが出るということになるのでしょうか。時々現れる上原のラテン・テイストが私は好きです。だって聴いていて体が自然と動く楽しさに溢れていますから。上原の凄さは速弾きとか目先のことではなく、こういうウキウキできるリズム感にあると思います。
無伴奏のドラムソロは多分この演奏で初めてフィーチャされたと思います。手数を多く叩くのが取り柄なサイモンのドラムだと思うようなところがあった私ですが、このドラムソロを聴いてそこにある音楽性に関心してしまいました。やっぱサイモンは凄いドラマーです。
3曲目《テイク・ミー・アウェイ》。前回のアルバムにもあったちょっと変わったリズム・フィギュアを叩くドラム。これを聴くと私はヨーロッパの現代ピアノトリオを感じます。メロディーもヨーロッパの東欧風なところがあります。間にはモロに日本情緒なメロディーもあって、アメリカの人が聴けばエスニックムード満載なのでしょう。サブタイトルの「どこか遠くへ」はヨーロッパのどこかなのでしょうか。
と思えば比較的ゆったりしたピアノソロは意外とファンキーで黒かったりします。ジャジーです。プログレ好きな上原ファンにこういう良さが分かってもらえるのか気になります。エスニックなテーマの中にファンキーなソロを入れるとか、一筋縄ではいかない上原の編曲の妙味が出た曲。
4曲目《ワンダーランド》。複雑なリズムのテーマは正にワンダーランド。どことなくチック・コリアのようなスパニッシュなメロディーも出てきて面白いです。上原のソロは途中から4ビートになっていて、私はこういう4ビートに乗ったアドリブに思わずニンマリしてしまいます。アンソニーとサイモンの4ビートはかなりイカシテいます。カッコイイッ!
5曲目《インダルジェンス》。正統派フュージョン調。大人っぽい都会の夜を感じさせるゆったりした曲。こういう曲が出て来ると妙に安心してしまう私です。何で安心するのかと思っていたのですが聴いていくうちに分かりました。ノリが黒いんですよね。上原のピアノソロももちろん黒くてファンキー。
上原のプログレ調が好きだといいながら、ジャズファンとしてはやはりこういう黒さに安堵してしまっていたという性に改めて気づいてしまいました。黒さがどうこう言いながら本人は意外と黒くないロバート・グラスパー(去年のトリオアルバムで実感)より、上原のこの演奏の方が余程黒いです。プログレの白さの中にこういう黒さを入れる上原、したたかです。
アンソニーの深く沈むベースは水を得た魚なのごとく活き活きとしています。真っ黒けなグルーヴ。サイモンのドラムもためが効いて良いグルーヴです。黒人云々ではなくジャズをやる人の共通言語としての黒さをこの3人の演奏に見ます。前アルバムの紹介記事で書いていたコテコテの崩し、その正体は黒さだったのだと今回理解。で、それをジャズファン以外の上原ファン(プログレ系ファンなど)がどう聴いたのか前回は気になっていたのです。
6曲目《ジレンマ》。プログレ系白い演奏に戻ります。複雑なリズムのスリリングな展開の間に挟まる情緒的メロディーの対比。言うまでもなくひろみ節。一本調子ではなく対比を上手く用いて曲をドラマチックに編曲する上原ならではの巧みな技です。アルバム全体の物語性は言うに及ばず、1曲の中にすら物語性がある上原の楽曲は素敵。表面上のテクニックの凄さは聴けばすぐに分かりますが、そのテクニックをテクニックとしてだけ聴かせていないところが、このプロジェクトの円熟味です。
サブタイトルの「進むべきか、戻るべきか。」は、「このプロジェクトは黒さに進むべきか、白さに戻るべきか。」なのか。それとも「上原ひろみはプログレの白さを進むべきか、ジャズの黒さに戻るべきか。」なのか。気になるところです。
7曲目《ワット・ウィル・ビー、ウィル・ビー》。これも黒いフュージョン調。白い演奏を黒い演奏で挟み込んだ上原の意図が気になります。ミディアムテンポで進んで腰に来ますね。この黒さは本物だっ! で、前アルバムになかったファニーな音のキーボードが再登場。上原のお茶目な面が本領発揮。でコテコテなピアノソロもチョロッと。
サブタイトル「運命の導くままに」がこの黒さだというところに、上原のジャズミュージシャンとしての本音/本質が見えて、私はジャズファンとして上原を支持してきたことに間違いがなかったと確信しました。黒さがジャズの本質ではないと言っている私ですが、やはり黒さを持っているジャズミュージシャンを信頼できてしまう私に気付いたりして苦笑いです。
8曲目《ウェイク・アップ・アンド・ドリーム》。静岡生まれの上原ならではの穏やかな気候と自然を感じさせるピアノ独奏曲。草原に吹く心地良く穏やかな風をイメージします。パット・メセニーにも通じるフォーキーな感じがあります。あちらはカントリーミュージックを感じさせますが、こちらは日本歌謡ですね(笑)。日本人として共感できます。
ラスト《オールズ・ウェル》。フラメンコ調手拍子で始まったと思ったら、シャッフルビートに乗ったR&B!! いやはや参りました。サブタイトルの「終わりよければすべてよし。」がR&Bだって言うんですから。このノリノリ演奏最高っす! ブルジーな節回し堪んね~っ! このアルバム唯一のベースソロ、アンソニーの発想は訳が分かんね~っ(笑)! 上原ひろみさん、あなたはジャズが心底分かっていらっしゃたのですね。
う~ん、正に「終わりよければすべてよし。」、私は大満足であります。白さと黒さと黄色(日本)の対比が鮮明になってきて、それらが上手い具合に共存しているところは正に現代ジャズ。それは3人の人種構成そのものですね。3つの色がこのアルバムの物語を上手く形作っています。こういう妙味が分かってこそ現代ジャズが分かるっていうものです。
まだ1年は始まったばかりですが、私の2016年年間ベスト1はこのアルバムになる可能性がかなり高いです。
アルバム名:『SPARK』
メンバー:
Hiromi(p, key)
Anthony Jackson(contrabass guitar)
Simon Phillips(ds)
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