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上原ひろみの新譜は良い出来です。

昨年は上原ひろみの新譜が出なかったので寂しかったです。この度やっと出たので速攻チェック! タイトルが『アライブ』だったので、てっきり世界各地のライブツアーからベストトラックを録音したライブアルバムだと勘違いしていました。実はそうではなくてトリオ・プロジェクトのスタジオ録音3作目。私が買ったのは初回限定盤で、プラチナCDではない普通のSHM-CD。私にはこれで十分良い音。

P85上原ひろみ『アライブ』(2014年rec. TELARC)です。メンバーは、上原ひろみ(p)、アンソニー・ジャクソン(contrabass guitar)、サイモン・フィリップス(ds)です。最初にこのトリオ・プロジェクトのアルバムが出た時、このメンバーでライブツアーするのかとか、続いてもせいぜい1年だろうと思っていた人が多かったはず。私もそう思っていました。ところが世界規模のツアーでライブをたくさんこなし、3枚目のスタジオ録音アルバムがこうして発売され、プロジェクトの活動はとうとう4年目に突入。こんな日本人ジャズミュージシャンは他にいませんよね。

良く考えれば上原(Hiromi)はテラーク・レーベルの看板ジャズミューシャンなわけで、「今度米何とかレーベルからアルバムを出しました。」な人達とは格が違うわけです。米メジャーレーベルのプロモーションのやり方とか、お金のかけ方が違うのがよく分かります。上原に続くようなジャズミュージシャンがなかなか出てこないのがちょっと残念です。やっているジャズの形態に関してはフォロワーが現れていますが、それは単にフォロワーというだけ。

さて今回のアルバム、紛れもなくトリオ・プロジェクトのサウンドです。前述のとおりこのプロジェクトの活動は4年目に入って、そのサウンドはすっかり熟成の域。しかし、これまでとはちょっと違う部分もあったりしてなかなか興味深いです。安定した分スリルが少々後退したような気はしますが、新たに旨味が加味されているように思います。

トリオ・プロジェクトのサウンドというのは、冒頭のアルバムタイトル曲《アライブ》に象徴されるような、複雑な拍子とキメのプログレッシブ・ロック的テクニカルな演奏を全面に打ち出し、そこに上原の日本情緒(和風というのではなく日本歌謡)溢れるメロディー/ピアノ演奏を加えたものです。テクニカルな演奏は最早レジェンドなアンソニーとサイモンがスクラムを組んで上原をガッチリ支えています。この3人によるタッグチームは世界屈指のものであることは間違いありません。

今回は前回のアルバムより低音が良く出るように録音されているので、アンソニーのベースが良く聴こえます。これまでももちろん凄い演奏だったのでしょうけれど、ベースが良く聴こえることでアンソニーの凄さがより実感できるようになりました。ソロでピックを使っているのもよく分かります。上原に興味がなくてもアンソニーのベースのファンなら絶対聴いておくべき演奏でしょう。アンソニーをここまで本気にさせるピアニストってそれほどいないと思いますよ。

サイモンは相変わらず手数の多いパワフルドラミング。ただ手数が多いだけではなく細部にも気を配っているのは言うまでもありません。上原流ころころ変わるグルーヴをスムーズにつなげて気持ち良いうねりにしてしまうドラミングは大したものだと思います。最初は少しミスマッチを感じたサイモンのグルーヴも、今ではすっかりこのトリオのグルーヴに一体化しました。上原のピアノはこのパワフルなドラミングとがっぷり四つに組んで一歩も引けを取りません。

上原、アンソニー、サイモンが生み出すサウンドはとてもトリオとは思えないマッシブ感。なのでアルバムを通して聴くとかなり満腹になってしまいます。今回の録音は中低音多めの濃い音なのでそれに拍車をかける状態。ピアノの強打部分では少し音が歪むようなところもあり、きれいに録音するよりガッツを優先させたことが分かります。

次はこれまでと違うところについて説明しましょう。まずはキーボードを使った曲がなくなりました。上原はピアノだけに専念。ちょっとダサくてコテコテなキーボード演奏がなくなったのは寂しいかも。でもそれに代わるアトラクティブな部分が加味されているので良いとも思えます。そして4ビート演奏を含んだ曲がこれまでの1曲から2曲に増えました。

最後にこれが一番面白いのですが、ベタでコテコテな崩し演奏が多くでてきます。それは4ビートのジャジーな演出になっていたり、ブルージーな風味になっています。オーソドックスなジャズをユーモラスに体現しているとも言えます。皆さんご存知のように上原は静岡県出身ですが、このベタでコテコテな崩しは綾戸智恵的浪速のオバチャン(失礼)です(笑)。こんな演奏が出て来るのはアンソニー、サイモンと気心が知れた証しかもしれません。面白いです。

曲についても触れておきましょう。全曲上原が作曲。凝った曲構成の曲もあります。もちろん「ひろみ節」全開です。1曲目《アライブ》はいつものテクニカルな聴く者を圧倒する演奏。2曲目《ワンダー》における4ビートに乗っての軽快なピアノ・ソロは抜群のスイング感。聴いていて気持ちがウキウキします。3曲目《ドリーマー》はテーマ部で叩くサイモンのビートが独特で、幻想的で憂いを帯びた曲想が今までにない感じで良いです。ヨーロッパ斬新トリオ風?

4曲目《シーカー》は日本歌謡的というかデヴィッド・サンボーン的というか、日本人に馴染みのあるメロディーだと思います。ピアノ・ソロの崩しがコテコテで、途中にほんの一瞬入る唸り声は上原のもの?こういうの嫌いじゃないです。後半アンソニーとの掛け合いは自然体。5曲目《プレイヤー》の4ビートでのピアノ・ソロがアルバ中のハイライト。ガシンガシン弾く上原。ジャジーなフレーズが淀みなく飛び出てきます。途中からテンポアップして飛ばす飛ばす。アンソニーは大変でしょうけれどきっと笑いまくってると思います。アンソニーのウォーキングベース演奏の白眉がここに登場!

6曲目《ウォーリアー》は抒情的なバラード演奏から入っていつもの変拍子テクニカル演奏へ。プログレでひろみ節全開。ピアノ・ソロは抒情的から徐々に激しく。7曲目《ファイアーフライ》はピアノ独奏。優しい曲でメロディーを慈しみながら弾く様には心を打たれます。8曲目《スピリット》はちょっぴり《家路》に似たフォーキーな曲。学校放課後の郷愁感。ブルージーなコテコテ崩しからフリーキーな強打はこれまでにない味わい。終わり方がベタ。9曲目《ライフ・ゴーズ・オン》はデヴィッド・ベノワ風フュージョン。こういうベタなフュージョン曲、私は好きです。

最初に聴いた時、3枚目ともなるとちょっと飽きちゃったかなと思ったのですが、何度も聴くうちに色々細部が分かってきてやっぱり面白いというオチになりました。自分のジャズをきキッチリやっている上原のピアノにはもう特に言う事はないのですが、上原にピタリと寄り添って安定したグルーヴとアートな音を奏でるアンソニーのコントラバス・ギターは凄すぎ。アンソニーにこういう演奏をさせてしまう上原に拍手!

アルバム名:『ALIVE』
メンバー:
Hiromi(p)
Anthony Jaczon(contrabass guitar)
Simon Phillips(ds),/span>

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コメント

先日、上原ひろみがTV(「スッキリ!」だったかな?)でソロピアノの生演奏で出てきた時紹介に年齢35歳となっていて、そう言えば、テラークからデビューしてから10年以上になるんだな、と改めてその第一線の活躍に感動しました。まだ若々しいですもんね。

このトリオになってからも3作目で、どんどん進化しているところがスゴいです。曲の展開の仕方その他、目立たないところにも、やっぱりこの3人だなあ、と思わせるところがありますし。聴く前に、そろそろメンバーチェンジかな、と想像してしまったのは、ちょっと早まってました。ジャズ・フュージョンの枠を超えたファンがいるのも納得です。

TBさせていただきます。

投稿: 910 | 2014年6月 4日 (水) 23時09分

910さん

もう35歳でしたか。そうですよね。デビューして10年以上。
オバチャンぽい演奏があってもそれは自然な成り行きなのだと納得しました。
童顔なので見た目は若いですよね。歳をとらない感じ。

おっしゃるとおりこのトリオはまだ進化していますよね。
ただ私としては後1年くらいで次のステージへ移ってほしい気持ちはあります。
ジャズ・フュージョンの枠を超えた上原ファンがいる一方で、未だに受け入れない堅物ジャズファンもいますよね。
それで良いと思いますけど。

TBありがとうございました。

投稿: いっき | 2014年6月 4日 (水) 23時30分

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