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ファンクという視線でジャズを見る。

前回はマイルスが60年代末からブラック・ミュージックのメインストリームであるファンクをやっていたという話をしました。今回はファンクを切り口にそこからもう少し話を広げてみたいと思います。

まずはもう一度マイルスについて整理します。マイルスがファンクをやったといっても、そこはマイルスですからファンクを基調としつつ出来上がったものはマイルス・ミュージックとしか言いようがないものであることは説明するまでもありません。『アガルタ』『パンゲア』という成果になりました。

残念なのはその後の引退ですよね。6年も音楽から遠ざかってしましったため、実質は5年くらいかもしれませんが、それによって復帰後は時代の最前線としてのジャズを作り出せなかったという結果を招いてしまったのではないかと思えるのです。

ブランクだけではなく復帰時の世の中の情勢にもよるとは思います。引退時には全盛だったファンクがディスコ・ミュージックとエレクトロニクスの発展(≒テクノ)で下火になってしまっていたことです。更にジャズ界ではフュージョンがすたれつつあり、ウィントンに代表されるメイン・ストリーム回帰(アコースティック楽器の使用と4ビート)の波が押し寄せていたのです。マイルスとしても何をやれば良いか迷ったのかどうか?結果的には従来のファンク路線をすっきり整理したものになっていたと思います。

この時期のファンクの要はもちろんマーカス・ミラー。復帰後のマイルスに最も影響を与えたベーシストです。マーカスがマイルスの元を離れ、ファンクからの移行ができたかもしれないのに、マイケル・ジャクソンとシンディ・ローパーというポップスへの接近があり、結局マーカスが戻ってくきて、それも全面的にお任せ(『ツツ』)だったというのが今振り返ると興味深いところです。

このタイミングでマイルスがヒップホップをやっていたら、ジャズ界がもっと面白くなっていたかもしれないです。もしそうなっていたらウイントンは激怒したでしょうね(笑)。

更に付け加えるなら心境的な変化もあったでしょう。それはセレブリティとしてのマイルスです。マイルスが復帰した時点で世間がマイルスをセレブリティとして見たところが大きいわけです。何をしても世間の注目を引くわけです。マイルス自身がそれを楽しんでいた節も感じられます。きっと音楽だけに集中できなかったんじゃないかと想像します。

というわけで色々な要因が重なってファンクを引きずった結果、ブラック・ミュージックのメインストリームになったヒップホップの吸収に手間取ってしまたのだろうと思います。でも最終的にはヒップホップをやり、『ドゥー・バップ』が出たというのがマイルスというミュージシャンの凄さなのだろうと思います。

マイルスをジャズ視線ではなくブラック・ミュージック視線で見ると、色々なことがスッキリ見えてくるというのが今の私の自論です。

さて、マイルスを離れファンクに話しを戻しましょう。

70年代、ファンク視線でジャズ界を見た時、もうひとりの重要な人物が浮上しますよね。そうです。オーネット・コールマンです。マイルスの一時的な引退時、『ダンシング・イン・ユア・ヘッド』と『ボディ・メタ』を引っさげて登場しました。マイルスと並ぶジャズの革命児オーネットもファンクをやったのです。その後プライム・タイム・バンドと名乗ることになります。

オーネットが自分たちの音楽に”ハーモロディック理論”なるわけのわからない命名をしたものだから世間は惑わされました。結局のところファンクを基に独自のジャズをやっていたと解釈すればすっきりするでしょう。ここでファンクとは何かというのを要約します。ベースのうねるグルーヴ感とギターのカッティングです。マイルスとオーネットのファンクはこの2点で見れば共通ですよね。『ヴァージン・ビューティー』ではテクノも取り入れていました。

ここでは”ハーモロディック”一派から出たギターのジェームス・ブラッド・ウルマー、ベースのジャマラディーン・タクマ、ドラムのロナルド・シャノン・ジャクソンの3名をあげておかないとまずいですよね。80年代に入りそれぞれユニークなファンクを推進していました。

日本のジャズジャーナリズムはウィントンに連なる動きとマイルスの復帰後に光を当てた結果、このあたりの人達の活動を影に隠くす傾向になってしまったのは痛いところです。フォローしていたのはDIWレーベルくらいです。ディスクユニオンって当時からジャズ界をまともに見ていたんですよね。

そしてジャズ界からこのムーブメントが自然消滅していってしまったのも残念です。最終的にはオーネットが最後まで頑張っていたように感じます。オーネットが95年に『トーン・ダイアリング』を出したあたりで終わったんじゃないでしょうかね。

で、これを今聴きなおしてみてビックリ! 1曲だけですがヒップホップもやっていました。ラップも入っていますよ。面白いですね。しかもどこをどうとってもオーネット・ミュージック。アルバム全体としては様々なアプローチで、ファンクを中心にバップ、フリー、ヒップホップと何でもやってます。オーネットなりにジャズを総括していたんです。

ジャズ・ジャーナリズムはこのアルバムを忘れ去っています(涙)。
たぶん中山康樹さんもこれまではチェックしてないと思います(笑)。

知っている人はきちんと押さえているこのアルバム。
ジャズ・ナビゲター高野雲さんのレビューがイイ感じです。
レビューはこちら ⇒ Ornette Coleman『Tone Dialing』評

そして、ファンク視線でジャズ界を見た時、この人達を忘れてはいけません。
M-BASE(ブルックリン派)です。この人達の話は次回に回しましょう。

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コメント

いっきさん

こんばんは。
『トーン・ダイアリング』は、私、けっこう好きなアルバムでして、以前ラジオでもかけた記憶が。
『ダンシング~』や『ヴァージン~』ほどのインパクトはありませんが、ふうわりとした軽やかなサウンドに、微妙にズレたオーネットの軽やかなアルトが綺麗に調和していて、オーネットの中ではいちばんオシャレなアルバムなのではないでしょうか? 
ジャケットのグラフィックアートも当時のアップルのデザインっぽくてなんだか可愛いです。

そういえば、以前、レビュー書いてたです。

http://cafemontmartre.jp/jazz/C/tone_dialing.html

投稿: | 2012年1月26日 (木) 00時32分

雲さん

こんばんは。

>『トーン・ダイアリング』は、私、けっこう好きなアルバムでして、以前ラジオでもかけた記憶が。

はいっ、オーネット・コールマンの回ですよね。
私のブログでも雲さんとコメントのやりとりをしましたよ。
今は亡きジャズ喫茶「マサコ」でこれがかかったということでアルバム紹介しています。
これ、いいですよね。

>オーネットの中ではいちばんオシャレなアルバムなのではないでしょうか?

そうですね。スマートな感じがします。
90年代真ん中という時代の音なのかもしれません。

>ジャケットのグラフィックアートも当時のアップルのデザインっぽくてなんだか可愛いです。

確かにそんな感じです。ポップです。

投稿: いっき | 2012年1月26日 (木) 01時13分

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