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「ジャズ・ヒップホップ学習会 第5回」レポート(前編)

昨日、ジャズ喫茶「いーぐる」 で開催された「ジャズ・ヒッポホップ学習会 第5回:とりあえずの総括」に参加してきました。この学習会も第5回目を迎えいよいよ最終回。中山康樹さん企画のもと毎回テーマを決め、それぞれの回のゲストに大谷能生さん、村井康司さん、原雅明さんを招いて、ジャズとヒップホップについて勉強してきました。それぞれ内容は濃かったと思います。過去の講演の内容については、私のレポート 「いーぐる」連続講演 をスクロールしてご覧下さい。ヒップホップについて無知だった私も、4回の講演に参加することにより概要は掴めてきました。ジャズに比べて少しではありますが、ヒップホップも楽しんでいる昨今です。

P161_5 昨日は曇りから小雨という感じだったので暑さ控えめで良かったです。お店に入って中山さん後藤さん他に軽くご挨拶。かかっていたのはコニッツ、メルドー、ヘイデン、モチアンの『ライブ・アット・バードランド』。いいですよね、これ。さて、いよいよ講演の開始。今回は中山さんが選曲と解説をし、後藤さんはこの勉強会の生徒代表みたいな形で、ジャス喫茶オヤジがどう受け取ったか質疑するというものでした。

今回のレポートは講演中にメモしたとをできるだけ網羅し、そこに私の意見を加えてあります。あくまで私の理解の範疇で書いてありますことをご了解いただければ幸いです。

まずは中山さんから、ブラックミュージックの最先端で中身はある種ジャズを超えているいのがヒップホップ。そんなヒップホップとジャズの調和性を説明するのは難しく、4つのストーリーを言わないと伝わらないという発言がありました。ジャズ、ヒップホップの両側から同時並行的に再確認する必要があるとのことでした。あれっ、4つのストーリーってなんでしたっけ?私ボーッと聴いてました。m(_ _)m 今回の前半はジャズの定説の読み直し。これまでビバップ、ハードバップ、フリーなど大雑把に切られてきた部分がヒップホップに繋がっているという話です。ジャズの中の”アフロ・キューバン”と”フリージャズの発展系としてのファンク”がヒップホップに繋がります。この作業はジャズ史の読み直しになります。油井ジャズ史観などで語られていないような部分、またジャズ界の巨人の歴史、エリントンやマイルスやコルトレーンなどに要約すると抜け落ちてしまう部分が実はヒップホップに繋がっています。ジャズ史の読み直しについては後藤さんも大いに賛成とのことでした。

今回の選曲は”ジャズ耳”視点に立った選曲でジャズファンにとっての入口。
以降は中山さんの見出しとかけた曲にそって話を進めます。

●すべてはコンガから始まった
アフロ・キューバンはコンガであり、ヒップホップの最初もコンガ。
コンガで繋げるとかなり遠くまで繋げられるそうです。

1.サブー・マルチネスの《バーンド・シュガー》(1973年)
最初に景気付けもあっての選曲。聴いてビックリ。70年代マイルスがやっていたファンクにかなり似ているリズム、エレピの尖がり具合はまさに70年代初頭のマイルス・バンドの音でした。そこにファンキーなサックス・ソロも入っています。私はこれがかなり気に入りました。中山さんの解説によると、サブーはスウェーデン人女性と結婚し、当時スウェーデンに住んでいて地元のバンドとこれを作ったんだそうです。後藤さんはマイルスとサブーの影響関係が気になったみたい。私も大いに気になりました。中山さんによると相互ではないか?とのことでした。「ジャズの歴史ではファンクがスポイルされている。マイルスやオーネットはストリートミュージックをやりたかった。マイルスのファンクは高尚なスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンとの影響で語られがちだが、もっと土着的なもの。」という話もありました。今これを書いていて思い出したのですが、私が持っているトーマス・スタンコ(tp)の『パープル・サン』(1973年)もかなりマイルス似のファンクをやっていてマイルスとの影響関係が気になっています。

2.ディジー・ガレスピー&チャノ・ポソの《クバーナ・バップ》(1947年)
アフロ・キューバンの初期の金字塔でヒップホップに繋がるもの。全米のトータルな部分でのムーヴメント(アフロ・キューバン、ビバップ)が個人に集約して語られる(ディジー・ガレスピー、チャーリー・パーカー)傾向があり、それがジャズ史の色々な部分を分かりにくくしているとの話もありました。後藤さんも同意されていました。

3.ラスト・ポエッツの《ラン・ニガー》(1970年)
元祖ラップ(ヒップホップ)。ラップ&アフロ・リズム。後藤さんは前曲とこの曲のテイストの違いを気にされていました。要はこれらが繋がるのかという疑問です。中山さんはラップの捉え方によってヒップホップの捉え方も変わるとおっしゃっていました。中にはラップがないとヒップホップでないという人もいるそうです。中山さんは以前からラップは手法、ヒップホップはスタイルとおっしゃっていました。ラップは昔からある黒人の話芸。これをもってヒップホップとするのではない考えです。後藤さんの疑問に明確な答えが出ないまま次へ。中山さんの意図としては解決しない部分があっても良いみたいで、進行を優先させたみたいです。かける曲も年代順とかではなくバラバラ。これもお勉強的になり過ぎないように考えた中山さんの意図みたいです。

●これが疑惑の2曲だ
ジャズファンの中でヒップホップが嫌われることになった2曲とのことです。

4.ギャング・スターの《ジャズ・シング》(1990年)
中山さんによればこれはジャズ。メッセージ性があり、なんでジャズの巨人の名をを叫ぶのかといえば、それはジャズマンへのリスペクトということでした。この曲は気に入りました。これがジャズファンに嫌われたとは知りませんでした。

5.Us3の《カンタループ》(1993年)
中山さんによればこれはポップスにすぎない。何でかと思ったらイギリス人だったと。後藤さんによる、と当時のジャズ喫茶ではイギリス発のクラブミュージックで、ヒップホップという認識ではなかったそうです。当時の私がジャズから離れていたこともありますが、あまり聴きたいとは思わなかったです。ちなみに私はこのグループのアルバムを持っていません。

ここで後藤さんからギャング・スターのメッセージ性をもってジャズとするのはいかがなものかという問いがありました。ジャズでもメッセージ性を持つものは極一部であると。メッセージが抑圧された黒人の反発だとしても、ジャズはもっと屈折したもので、ヒップホップのようにあからさまに表出できない時代背景があったというような話になっていきました。ここも明確な決着が付かないまま次へ。私はギャングスターのメッセージ性をジャズの精神性(反骨精神のような尖がったもの)と捉えました。一方のUs3はフォーマットだけでジャズに繋がっている気がします。”カッコいいじゃん!”なジャズです。これについては最後の質問コーナーで触れました。これって最近のジャズでも繰り返されているような・・・。そういえば日本のブルーノート一押しのあのグループが私にはどうも・・・。全く個人的な感想ですm(_ _)m(笑)。

●フリー・ジャズとヒップホップをつなぐファンク

6.エボニー・リズム・バンドの《イントロ》(1970年)
7.アーニー・レッセ&ザ・プログレッションズ《レッツ・ゴー》(1972年)

私はギターのカッティングやベースラインがマイルス・グループと同じように聴こえました。後藤さんは「これはもうマイルスがこのリズムパターンを取り入れたんでしょうね。」とおっしゃっていました。中山さんも「そうでしょうね。」とのことでした。私も同感です。マイルスはレジー・ルーカス(g)とマイケル・ヘンダーソン(el-b)という2人を起用してこのリズムを獲得したんでしょう。そういうメンバー起用をするのがマイルスです。

8.アーチー・シェップの《マネー・ブルース》(1971年)
シングルカットされてシェップの中で一番売れたそうです。この曲のリフをアース・ウィンド&ファイアーが使っているそうです。中山さんによれば、この演奏がマイルスの『オン・ザ・コーナー』に繋がるのですが、マイルスが高尚過ぎて繋がりが見えないとのことでした。フリージャズとファンクの繋がりでアーチ・シェップ、レーベルでインパルスが重要ともおっしゃっていました。

ここで後藤さんから「マイルスはフリーを嫌ってやらなかったけれど、そういう意味でマイルスに繋がるのか。」というような疑問が提起されました。中山さんは「フリーということでいえば、マイルスにもある。マイルスが演奏していない時にバンドのメンバーがやっていて、それはロスト・クインテットや『プラグド・ニッケルのマイルス・デイビス』などを聴けば分かる。」と回答。ここも後藤さんの疑問は払拭されないまま次へ。マイルスのフリーについては、グループのサウンドはマイルスの一部であり、マイルスもフリーはやっていたとみて良いと私は思っています。そして、私はジャズ史の見直しという意味では、”ジャズにおけるアフロ・リズム(4ビート以外)史”という視点で見直せば、ガレスピーのアフロ・キューバン、フリーの中のアーチー・シェップ(今時の区分ではスピリチュアル・ジャズだと思います)、ファンク・マイルスからヒップホップへと繋がる線を引けるんじゃないかと思ったので、最後の質問コーナーでそのことを言いました。

●ヒップホップが発見した2人の鬼才
ヒップホップの世界でスターになっているミュージシャンがいます。ロニー・リストン・スミスやロイ・エアーズは一部が受けているそうですが、これから上げる2人は人物が高く評価されているそうです。

9.ラロ・シフリンの《ザ・ウェーブ》(1969年)
ボサノバの曲ではなくてシフリンのオリジナル曲。シフリンはとてつもない才能を持ったピアニストとして評価されているそうです。この曲は左手の強い打鍵が重厚な印象を与えるものでした。

10.ジミー・スミス&オリバー・ネルソンの《ミッション・インポッシブル》(1968年)
シフリンは映画音楽で有名。この曲や『燃えよドラゴン』などです。こんな人達が演奏しているものもあるとのこと。

続いてデヴィッド・アクセルロッド。プロデューサーです。この人プロデュースの有名なアルバムはキャノンボール・アダレイの『マーシー・マーシー・マーシー』。アクセルロッドは癖が強く売れないものが多いのにこのアルバムは異例の大ヒット。キャノンボールがキャピトルに移籍する時、プロデューサーの指名権を与えられて指名したのがこの人。他に有名なアルバムはハロルド・ランドの『フォックス』。コンテンポラリー・レーベルのアルバムだけれど、コンテンポラリーがアクセルロッドから買い取ったんだそうで、コンテンポラリーのレーベル色とちょっと異なるそうです。他にはエルモ・ホープのアルバムもあり、共通するのは暗い雰囲気とか。

11.デヴィッド・アクセルロッド《ペイント・イット・ブラック》(2008年)
アクセルロッドのアルバムは多くの人がサンプリング・ネタとしているそうです。イギリスで再評価されてコンサートを開き、これはそのコンサートの1曲目。アレンジの特徴を聴いてほしいとのことでした。ビートが重厚でカッコいい演奏。私は気に入りました。

12.デヴィッド・マッカラムの《ハウス・オブ・ミラーズ》(1966年)
アクセルロッドが変な物を作ってしまたので、有名人の名前で出してしまえということで、マッカラム(『0011ナポレオン・ソロ』のイリヤ役の俳優)名で出したそうです。売れたそうでこの手のものを4枚くらい出したとか。このシリーズはヒップホップでは聴かれているとのこと。後藤さんはサンプリング・ネタになるのは分かるとおっしゃっていました。私も同感。リスムがカッコいいノリ。「ギターのリフが狂ったロスのイメージらしい。」と中山さん。

あんまり長くなると読む方も疲れるでしょうから、今日はここまで。
続きはまた明日。

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