甲府城の桜を見てきました。
昨日は天気が良くて暖かかったので、
何年かぶりに甲府城(舞鶴城公園)の桜を見てきました。
まずは「こうふ亀谷座」から。
ニュースなどで見て知ってはいたのですが、
甲府城の前にあることは知りませんでした。
甲府中心部が過疎化して数十年?が経つわけでして、
未だに活性化に向けて色々手を打っているわけです。
今回はそれに「こうふ亀谷座」(歴史文化交流施設)と
隣接する「小江戸甲府花小路」が追加されました。
オープンは4月19日なので今は閑散としています。
裏側にある交流広場。
集客力はどれほどのものなのか?
さて、本題の桜に戻ります。
快晴とまではいきませんでしたが青空をバックにきれいな桜です。
甲府城の桜、残念ながら満開ではありませんでした。
中央あたりに見える尖がった塔は「謝恩塔」です。その説明は後程。
甲府城は「舞鶴城公園」とも呼ばれます。
ちなみに甲府城は武田氏滅亡後に、豊臣秀吉の命で築城されました。
関東の徳川家康ににらみをきかす戦略拠点です。
徳川体制になってからは、甲州街道から関東へ入るのを防ぐ備えの城。
「風林火山」の旗がたくさん立っています。
今週末は「信玄公祭り」なんですよ!
コロナ禍以降、祭りの開催は春ではなかったのですが、
今年やっと春開催になりました。6年ぶりらしいです。
やはり信玄公祭りは春でないとしっくりきません。
信玄公祭りと言えば、世界最大の武者行列「甲州軍団出陣」が有名。
また毎年武田信玄役に俳優やタレントを起用していて、
名物になっています。
ご時世を反映して、昨年は初めて女性が起用されました。
モデル/俳優の冨永愛さんでした。
テレビでその姿を見ましたが、凛々しくて格好良かったです。
今年も女性で俳優の紫吹淳さんです。
話を戻して、桜。
きれいなんですが、満開でないのがやはり残念。
花見に来ている人は結構いましたが、混雑していないのが良いです。
信玄公祭りになるとこうはいきません。大混雑です。
この正面に祭りのステージが作られます。
甲府城と言えば野面積みの石垣でも有名です。
石垣の間から桜の木が生えています・・・。
ピンクの桜もあります。きれいです。
お花見のグループもちらほら。
長閑でいいですよね~。
東京など都会の桜の名所ではこうはいきません。
こういうところに地方の良さを感じてもらいたいです。
城壁の上から見下ろす桜。
甲府城に天守閣はないので一番高いところは展望台になっています。
天守閣を作りたいという活動もありますがなかなか実現しないみたい。
私個人としては、
天守閣を作ったところで集客力は大して上がらないと思っています。
その展望台から南側の眺め。
街の中心部は質素ですよねw。
南東側の眺め。
天気が良ければこの写真の右上に富士山が見えます。
あいにく雲に覆われて見えませんでした。
南側に何が見えるか書いてあります。
山ばかりですねw。
甲府盆地を横切ってリニア新幹線が通るわけですが、
開業はいつになることやら。
ビデオカメラで録画している人がいたので何かなぁ~と思ったら。
「あずさ」が甲府駅に到着するところでした。
真ん中の白色の列車が「あずさ」です。
甲府城に隣接して甲府駅があります。
北側の眺め。
右側のビルは高層マンション。
左側のモダンなビルは「山梨文化会館」
YBSなどが入っている建物です。
モダンな設計は有名な建築士丹下健三さんです。
花見をしているその先は甲府駅の身延線ホームなのですが、
写真では見えません。
その二つのビルの間の奥の方に「武田神社」があります。
それは城を持たなかった武田信玄の館「躑躅ヶ崎館」の跡地です。
難しい字は「つつじがさき」と読みます。
数年前に再建された「鉄門」(くろがねもん)と謝恩塔。
「謝恩塔」は正式には「謝恩碑」と言います。
私は子供のころから「謝恩塔」と言っていました。
明治時代水害によって荒廃した山梨県内の山林に対し、
明治天皇が山梨県内の御料地の下賜を行ったことへの感謝と
水害の教訓を後世に伝えるために建設したとのことです。
甲府盆地の水害は昔から大問題で、
武田信玄が行った治水工事は今も語り継がれ、
未だにそれは機能していたりします。
また話がそれてますが、桜に戻します。
桜と青空、きれいですね~。
懲りずにまた話がそれますw。
甲府城と言えば野面積みの石垣。
写真の部分は平成に入ってから再建されたものだと思いますが、
城の東側はかなり古いものだそうです。
NHKの番組「日本最強の城 2025新春スペシャル」で
取り上げられたので驚きました。
最近は散歩をしていなかったので、
良い気分転換になりました。
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