ヒップホップ講座 パート2

1月28日(土) ジャズ喫茶「いーぐる」 で行われた「ヒップホップ講座」のレポートの続きです。

3回に分けてレポートする2回目です。

ヒップホップを勉強してきましたが、まだまだ素人に毛が生えた程度です。聞き間違えや誤解があるかもしれませんのでご了承ください。

お2人の発言は基本的に区別しません。

貼っている音源は当日かかったものとバージョンが違う可能性がありますのであらかじめご了承ください。

ここからいよいよお2人が本領を発揮します。

3.ウェストコースト

⑩ Dr. Dreの《Let Me Ride》 1992年

スッキリポップ。ベースのラインが気持ちいい。タブラみたいなパーカッションがアクセント。シンセがカラフル。グルーヴに自然と体が揺れます。こういう雰囲気の曲は好きです。このPVが全てを物語っているみたいですね。あらためて聴くと歌詞が下品なような幼稚なような(笑)。英語が苦手なのでなんとなくとしか分かりません。(以降ピンク字は曲を聴いての私の感想などです。基本的には当日聴いた感想をそのまま書きます。)

東海岸の精神性に対して西海岸は商業的。西海岸は車社会。車でかけると気持ちいいものになります。東海岸のジャズ・ファンクのサンプリングのたがが外れます。サンプリングがミニマルになり、行きようがなくなって、じゃあ本当に弾いてみたらどうか?ということになります。本当に弾いているんだけれどディスコ(オールドスクール・ヒップホップ)と違って遊びがありません。サンプリングしたのと同じように弾きます。サンプリングはこもった音だけけれど、本当に弾くとクリアになって隙間ができます。その隙間にサビが乗せられるようになります。サビメロをゲストボーカルが歌うようになります。この曲は海岸べりを女の子を乗せて車で走るイメージ。パーラメント(グループ)のアルバム『マザーシップ・コネクション』の曲を生演奏で繰り返しています。

西海岸のギャングスタラップは不良文化。これで精神性が落ちたかというとそうではありません。ラップの基本は身の回りのことをラップします。身の回りに起こっていることが政治的なら政治がテーマのラップになるし、身の回りのことがギャングならギャングがテーマのラップになります。その違いだけです。西海岸は麻薬とセックスがテーマになることが多いので、東海岸の人は質が落ちたと言いますが、「女に騙されたとして気の利いたことを言ってみろ。」というのがラップ。ギャングスタラップはラップのテンポが落ちて自由になり、より表情が出せるようになります。喜怒しかなかったラップに喜怒哀楽が出せるようになります。歌詞はひどい⇒雰囲気。こういうもの(ラップ)は仮初めです。より表情が出せることでR&Bがラップと同じくらいになっていくきっかけになります。

⑪ Snoop Doggの《Ain't No Fun》 1993年

ポップな曲です。この曲を聴いて頭に浮かんだのが久保田利伸の《LA・LA・LA LOVE SONG》(ナオミ・キャンベルとのコラボで1996年に出したシングル)。かわいいキーボードの音とメロディーが連想の根源。これも体が揺れる心地良さ。あらためてこれを聴いて思いました。私の”ポップス耳”が発動しているのです(笑)。ファンキーなグルーヴと心地良いメロディー。好きです。

東海岸の後半とオーバーラップしてつつ、西海岸では全く別のものが流行っていました。レイドバックしたリラックスした感じです。西海岸の方が売れ、全国区になります。白人に受けてヒップホップがアメリカ中の白人の若者に聴かれるようになります。

⑫ Pharcydeの《Drop》 1995年

ビートが明らかに重いです。テープスピードをおかしくしたような音がマニアック。ノリが複雑。これにはメッセージ性を感じます。

東海岸的なことをやりたいというオルタナティブなもの。ファーサイドは日本のヒップホップ・ファンが多い人。それは他の西海岸のラッパーのように全身刺青とかでなくかわいい感じだからです(PVのとおり)。日本のファンが多い弊害もあります。あらためて聴くとトラック的には面白いが、ラップが上手くないのが決定的。一人一人のラップがきちんとしていません。プロデュースはデトロイト出身のJディラ。

東西抗争。ディスりがあり死人が出ました。西海岸の2PACが射殺され、1年後に東海岸のトーリアスBIGがニューヨークで射殺されます。この抗争を東海岸は乗り越えたけれど、西海岸は国を挙げての規制でつぶれてしまいます。離脱したドクター・ドレーは自分が作ってきたものを捨て、ミニマルなものを作ります。これがヒップホップの完成形。次の曲です。

⑬ Dr.Dreの《The Next Episode》 1999年

ビートはシンプル。ギターとドラムにサウンド・エフェクト・シンセが乗ります。渋い感じです。なるほどヒップホップの完成形ね~。

「超カッコイイですね。」とお2人。ミュージシャンにジャムらせてドラムを差し替えています。テンポが絶妙。日本人にはできません。三味線のように聴こえるギター。これが出たあとメジャーではサンプリングが流行しなくなります。講演では触れられていませんでしたが、メジャーでのサンプリングの衰退は著作権の問題も絡んでいるようです。トラックを重視する日本のヒップホップ・ファンはこのあたりのサンプリング事情にも敏感に反応しているようなことを他所で聞きました。

ここで10分程休憩が入りました。

後半が肝。ここまでの前半は書いた本がたくさんあります。

4.ヒップホップ・ソウル~ティンバランドのサウンド革命

⑭ Mary J. Bligeの《Be Happy》 1994年

風の音から入ります。ディスコっぽいのり。ベースがビージーズの《ステイン・アライブ》に似ていますよね。ストリングス音がいい感じです。歌はアメリカの主流。ハスキーな声がいい感じです。

ウエストコーストの引き直し。歌を乗っけます。ワン・ループの上で歌います。このパターンがR&Bに普及してヒップホップのプロデューサーが活躍。1個のループの中でサビはあります。この流れは今も生きています。R&Bがヒップホップのサブジャンル化しました。この曲はその先駆けとなった曲。カーティス・メイフィールドのイントロの弾き直しのループです。ループの宙吊り感。歌はジャズの譜割。ブランフォード・マルサリスはこの人のフレージングに影響を受けています。どんなループでも歌を乗せられます。そこでとんでもないことが起きます。

⑮ Destiny's Childの《Get On The Bus》 1998年

ティンバランド・サウンドですよね。格好いいです。響きが新しいと思うのです。マーカス・ミラーみたいなチョッパー・ベースが素敵。バスドラの不規則リズム感が心地良いです。男の声で入るため息みたいなボーカルもいい感じ。このサウンドは好きです。

何が起きたのか訳が分からない。ビヨンセがいるアイドル・グループですね。鳥の声やシンセの”シャー”音とか特殊な音が入っていて、バックはループが流れています。2拍4拍にスネアが入っていません。ルンバ、ラテンのクラーベのリズムに近いです。このビートがR&Bに向けて流行りだし、ブレイクビーツから外れていきます。バックの音がブルーノートから開放されていて黒人的ではありません。上の音は黒くないのにビートは真っ黒。おもちゃ箱をひっくり返したような音です。ティンバランドは業界に雇われた人でバージニア州出身。バックビートはどこが由来なのか?アフリカや南米はバックビートというわけではありません。フェラクティなどはバックビートが効いていません。

⑯ Missy Elliotの《Get Ur Freak On》 2001年

これはマイルスの《レイテッドX》に通じます。ティンバランドのサウンドについては既に私のブログで言及済み⇒今日もヒップホップです。m(_ _)m ちゃ~んとお見通しなのです。参ったか(笑)。ティンバランド・サウンドの魅力は前曲の解説で納得。ブラック・ミュージックのメインストリームがヒップホップだというこもその後分かりました。

これが1位。日本で言えば「いきものがかり」(このグループ、私好きです)の位置にいるのは凄い。後にも出てきますが、こういう発言が出てくる時点で、長谷川さんにしても大和田さんにしても、私の感性にマッチするものを感じます。「さっ、これから作ろう。」と、こういうものが出てくること自体、ブレイクビーツの作業とイメージが全然違います。南部中心にこのビートでラップしたりどんどん出てきます。東海岸のラッパーは軒並みこの動きに乗り遅れました。そしてこのビートに乗れる南部のラッパーがスターになります。

⑰ R.Kellyの《Ignition Remix》 2003年

レゲエにも近いように感じました。ゆったりしたグルーヴ。ちょっとありがちなのが私的にはいまいち。

⑯のようなリズムで歌うと歌とリズムの境がなくなります。R&Bのキングと言われる人の歌。4小節のループとAメロのサビ。4種の和音が鳴っているだけ。

⑱ Snoop Doggの《Drop It Like It's Hot》 2004年

これは「いーぐる」で聴くととんでもない低音が出ていました。この低音、どう聴いても大太鼓(和太鼓)なのです。祭ばやしかと思いました。盆踊りかとも思いました(笑)。最後の質問で同じことを言った方がいました。”フー”という音は尺八みたいだし、途中に入る”チーン”が仏壇にある鐘みたいだし。舌打ちするみたいな音とかユニーク極まりないですよね。これって前ノリ?もう頭が”ウニウニ”になりました。ヒップホップがこんなことになってたとは・・・。しかも大ヒットシングルって(笑)。どういうシチュエーションでこういうのを聴いているんでしょうね?

クールの美学。熱いんだけれど覚めています。ウエストコーストの代表的なラッパーがクラーベのリズムを採用しました。大ヒットシングル。

⑲ Busta Rhymesの《Touch It》 2006年

最初無音なのでCDが認識されないのかというちょっとした戸惑い。また出ました大太鼓。タンタンの音量大小のみは確かに面白いです。ラップは確かに上手いと思います。でもこのリズムには参るな~っ。この後このリズムが続出。クラクラッ(笑)。このビデオの世界、いかにも黒人ギャング。私にゃついて行けませぬ。「いーぐる」オーディオのパワー炸裂。凄い音圧でした。

”タンタタン タンタン”だけで音が大きくなっり小さくなったりするだけです。「”タンタタン タンタン”だけでは単調だよね。シンセ被せる?音を大きくしたり小さくしたりしてみようか。」と言ったのかどうか?このトラックをラッパーが奪い合いました。抑えた部分の微妙なラップのずらしが素晴らしい。これは音楽なのか?ビートだけでミニマルになっています。歌詞の内容は言葉遊びで精神的ではありません。音楽的に面白いです。スター・ラッパーが復帰第一弾として賭けたのがこれです。お2人も笑っていました。

今回はここまでです。いや~っ、濃いですね。
次回もお楽しみに!

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ヒップホップ講座 パート1

昨日1月28日(土)は ジャズ喫茶「いーぐる」「ヒップホップ講座」がありました。
講演者は「文化系のためのヒップホップ入門」の著者である
長谷川町蔵さんと大和田俊之さん。
昨年の「ジャズ・ヒップホップ学習会」(中山康樹さん講演)からの
ヒップホップ学習の続編です。
内容はこの本に沿ったヒップホップの紹介でした。

天気が良かったのですが東京は結構寒かったです。「いーぐる」へ行く前にディスクユニオンのヒップホップを売っている店に初めて入りました。「文化系のためのヒップホップ入門」片手にCDとレコードを漁るオッサン一人。周りは「何このオッサン。」と思っていたことでしょう(笑)。レコードを3枚買ってしまいました。その中の1枚JAY-Zの『Vol.3...~』の曲は「ヒップホップ講座」でもかかりました。しばし新しい空間を楽しんだ後は「いーぐる」へ。

P43お店の中はいつものジャズ・ファンより年齢は低め、ヒップホップ・ファンの方が多かったみたいです。まずは大和田さんから、ジャズを聴こうと思って18才の時に買った後藤さんの「ジャズ・オブ・パラダイス」が内面化してしまっているなんて話がありました。私もこの本に影響された一人なので、親近感が湧きました。続いて長谷川さんから、「ひよってマッドリブはかけないし、ヒット作しかかけない。燻ったヒップホップ好きには負けない。」なんて発言がありました(笑)。ヒップホップの歴史紹介の多くは誕生部分が長すぎるということで、今回は6パートに分けた各パートを30分ずつに区切って、新しいものをかけられるような時間配分にするとの説明がありました。サウンドの変遷を楽しもうという趣向。

今回は全部で28曲なので、上記6パートのうち2パートずつを3回に分けてレポートします。それでも9曲ずつになりますので、1回のボリュームはかなり多いです。

ヒップホップを勉強してきましたが、まだまだ素人に毛が生えた程度です。聞き間違えや誤解があるかもしれませんのでご了承ください。

お2人の発言は基本的に区別しません。

貼っている音源は当日かかったものとバージョンが違う可能性がありますのであらかじめご了承ください。

1.ヒップホップの誕生

① Gil Scott Heron の《The Revolution Will Not Be Televised》 1970年

フルートから始まるファンク。詩の朗読風≒ラップ。ベースのラインが気持ちいい。ドラムのフィルがいい感じ。フルートの伴奏が黒い。(以降ピンク字は曲を聴いての私の感想などです。基本的には当日聴いた感想をそのまま書きます。)

ラップのルーツ。スポークン・ワード。敢えてヒップホップとの違いを言えば、ヒップホップがゲーム、連歌であるのに対し、ギル・スコットヘロンはゲーム性がなくアートです。詩を読んでいて単体の作品として成り立っています。これはビートに乗ってるの?乗ってないの?というところがあります。ビートに対する言葉の乗っけ方がラップの面白さです。それはジャズの楽器演奏の乗り方と同じこと。リズムに乗って喋るのは昔から遊びとしてありました。それがどうやってヒップホップのゲームになったのか?ブレイクビーツを採用したことが大きいです。発想の転換。既存ビートに乗せてやるというフォーマットができました。70年代前半、サウスブロンクスでギャング(ティーン)の縄張り争いがあって、暴力に係るのと平行してラップが流行ります。当時フィリー・ソウルという洗練されたものが流行っていたけれど、ドラム・ソロだけ切り出しブレイクビーツとします。ターンテーブル2台でループさせてかけてその上でラップします。ブレイクビーツとして何が流行ったかたと言うと、JB(ジェームス・ブラウン)のドラムだけだった(笑)。JBからドラム部分だけが切り離され、ブロック・パーティーで必殺ブレイクとなります。

② Bobby Byrdの《I Know You Got Soul》 1971年

繰り返しの気持ち良さがよく分かります。トロンボーン・ソロが格好いい。

ゲロッパのJBのサイドメンのイントロだけをかけます。全体あっての部分なのに4小節だけをループさせちゃう。曲は鉱脈。ジャズ/ヒップホップの人は精神性というが、これは単にブレイクが格好いいだけ。ドナルド・バードやボブ・ジェイムスをサンプリングするところに精神性ははありません。ソウルより売れない=知らないけれど格好いい。この部分が格好いいという発想が凄いところです。前進運動を途中で切って回していくクリエイティブさ。凄い発想の豊かさです。

③ Fantastic Freaks at the Dixie From Wild Style O.S.T. 1983年

これはかかった音源と同じかどうか不明です。映像のほうが雰囲気は分かります。

かなり荒っぽく勢いだけ?パワーに溢れています。

①と②が合体するとどうなるか?当時のパーティーの録音はないので、80年代映画の不完全な再現です。こういうのが流行ってきて商業録音されていきます。マンハッタンではディスコ~ゲイ文化、ブロンクスではこういうブロック・パーティー、当時色々な場所で色々な音楽が起こっていました。

④ Sugarhill Gangの《Rapper's Delight》 1979年

ファンキーでノリの良い曲。これは昨年の連続講演でも聴きました。定番。

14分あるけれど割愛。さわりだけ1分くらいかけました。講演が始まる前にこの曲もかかっていました。③との違いは非常に洗練されていること。商業化時ディスコにされて、ロー(荒さ)が取れてしまいました。荒さを残したいため試行錯誤。生バンドでも荒くはできません。

⑤ Afrika Bambaataaの《Planet Rock》 1982年

低音のパワーが凄い。ポップです。

2年くらい打込みが大流行します。こういう曲で踊るイメージ。クラフトワークやY.M.O.を引いていて、ロボット化が実はファンキー。バンバータはクラフトワークはファンキーだと言っています。それは彼らがビデオや衣装を見ていなくてドラムだけ聴いているから。洗練されて近未来イメージになります。荒々しさはなくなります。ブロック・パーティーの荒い雰囲気を出したいということで、それまでのやり方をブレイクしたのがサンプラー。ドラムのフレーズごとサンプリングする(誤用)ことで荒さが出ました。これをかけた後、お2人から「いーぐる」オーディオの音(低音)が素晴らしいとの声がありました。

2.イーストコースト

⑥ Eric B & Rakimの《I Know You Got Soul》 1987年

ハイハットの荒々しさ。バスドラのマッシブさ。スクラッチが入ります。ギターのカッティングの音を変えているのが特徴。シンプルで格好いい。

②と同じ曲をサンプリング。当初のクラブの雰囲気が出てきます。ラップはクールになっています。それはレコーディング・ミュージックだから。ラップのビートの乗せ方のズレなどがあります。DJもサンプリングで出来るからいいというのではなく、このフォーマットで何が出来るかを考えます。サンプラーは曲のどこでも抜けるので、リズムブレイクだけでなくサックスなどもサンプリングして、コラージュ・アートと化していきます。エレピ、サックス、ベースなどをサンプリングして厚みを増していきます。各楽器のキーが合っていなくても格好いいということにもなります。

⑦ Pete Rock & CL Smoothの《They Reminisce Over You(T.R.O.Y.) 1992年

しょぼいサックスが思い出を想起させるイメージになります。ドラムはタイトになっていて、コーラスの浮遊感がいい感じ。確かにいい曲。じんわり染みてくる感じです。

東海岸のDJとラッパーのベストトラック。自分の幼なじみが抗争で亡くなり、友の思い出を自分の思い出としてラップしています。凄くいい曲。サックスはトム・スコット。ソフト・ロックのダメなアルバムから取っています。大和田さんが見た昨年のロイ・エアーズとのライブでこの曲をやったそうですが、来ていた40代くらいのお客さんが全曲を覚えていて大合唱していたそうです。そういう世代の心に残っている曲。トラックは一切手弾きをしていなくて、ピッチ調整はターンテーブルの回転数を調整して合わせています。ピート・ロックが泣けてきたのは長いサックス演奏の中で多分この2小節だけ(笑)。

⑧ Black Starの《Definition》 1998年

スローテンポのビート。タリブ・クウェリの畳み掛ける感じの撥音系ラップが格好いい。ギターのカッティングとブレイクが効いています。イントロと間奏はなんとなくレゲエもイメージさせます。

モス・デフとタリブ・クウェリのラップに注目。ヒップホップというと日本人はトラックを聴くけれど、アメリカはラッパーが主役。フロー、声色、ビートへの乗りを聴きます。モス・デフが先行。声色が面白いです。この人はラップのコンテストみたいなもので優勝する上手さです。後発のタリブ・クウェリは歌いだしでビートに乗っていないのがジャズっぽいです。そこからオン・ビートになっていくのが聴きどころ。韻の踏み方が分かりやすいです。ラップを聴いてほしい曲。

⑨ Gangstarrの《Mass Appeal》 1994年

エレピのブレイクがアクセント。ビートはマッシブでシンプルな繰り返し。派手さがないあたりが求道的ということか?後半スクラッチが入って、ラストのラップは効果音的。これは渋くて通好みという感じです。

フュージョン系ギタリストのビッグ・ジュリスのソロが終わって、エレピのソロが始まるその7音くらいをサンプリングしています。初期のヒップホップに比べると求道的。ヒップホップ道の美学。ヒップホップの代表曲です。ループの快楽。これに乗れるか乗れないのか?そこに気持ちが行くか?演奏は現代音楽(ミニマル・ミュージックなのだろうと思います)。それが売れてるのが面白いです。サウンド・オブ・ニューヨーク。ニューヨークの音は正にこういうもの。

ハイッ、本日はここまでです。次回もお楽しみに!

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今日で閉店の「サンリン」へ行ってきました。

とうとう、とうとう、今日で「ミュージックショップ・サンリン」が閉店してしまいます。

P43_5

「お疲れ様でした。ありがとうございました。」の挨拶をしに行ってきました。

今日もたくさんお客さんが来ていました。

皆さん会計が済むと「ありがとうございました。」と言ってました。

こんなにたくさんの方に愛されているお店が閉店してしまうのは残念無念。

でもしょうがない、「サンリン」は多くの皆さんの心に残ることでしょう。

私は3枚買ってきました。

チック・コリアの『ワルツ・フォー・デヴィ~ビル・エバンス・トリオに捧ぐ』

閉店してしまった下北沢のジャズ喫茶「マサコ」で聴いて気に入ったアルバム。
買いそびれていたのですが、半額セールということでゲット。

あとの2枚は中島美嘉の『YES』『STAR』

前回買った『TRUE』に嵌り、この人がすっかり気に入ってしまいました。
半額セールだから買うというのがセコイ(笑)。

ということで、これで「サンリン」での買い物はできなくなります。

「本当に長い間お疲れ様でした。大変ありがとうございました。」

m(_ _)m

昨日ジャズ喫茶「いーぐる」の「ヒップホップ講座」に行ってきました。
面白かったです。
渾身?のレポートは順次UPしていきます。
乞う、ご期待!

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ファンク視線でウェザー・リポートを見る。

中山康樹さんの「かんちがい音楽評論」には感謝しなければなりません。

早い時期にこの本のレビューもどきを書いたため、Google「かんちがい音楽評論」検索の1ページ目に私のブログが表示されることになり、おかげでアクセス数が異常にUPしました。ココログランキングでも今までで最高位を獲得。アクセス数が増えれば私のブログを知る方が増えるわけで、書いている内容がより多くの人に届くんですから嬉しいじゃありませんか。

アクセス数から言ってこの本の注目度の高さが分かります。菊地成孔さんとからめたワードで検索してくることが多いので、菊地効果を痛感。菊地さんをメインディッシュに据える中山さんのしたたかさ、私は評価します。

さて、今日もまたまたファンク視線!m(_ _)m
私のプチ・マイブームなんでご容赦願います。

今日はウェザー・リポートで行ってみよう!ウェザー・リポートはマイルスと並んで、私がジャズを聴き始めてすぐからのジャズ・アイドルでした。どちらかと言えば当時はウェザー・リポートのほうに肩入れしていたくらいです。

なんでマイルス、ウェザーなのかというと、ジャズのレコードを買った時(買ったレコード屋さんは明日閉店になるミュージックショップ・サンリン)にもらった、「ビッグ・ジャズ・フュージョン23}という廉価レコードの企画もののチラシなのです。ここからマイルス、ウェザーを聴き始めたことによるのです。(このネタはもう何度かブログに書いています。)

最初に買ったのは、マイルス『パンゲア』ウェザー・リポート『スイートナイター』ハービー・ハンコック『マン・チャイルド』の3枚。企画がマイルス、ウェザー、ハービーの70年代前半のアルバムを廉価で再発するものだったので、23枚のアルバムの短い宣伝文を何度も何度も読み返して熟慮して、3人の各1枚を選んだ結果だったのです。

今考えると、私にとってこの3枚はジャズ/ファンクに開眼するきっかけでした。そしてそれは”黒耳”の始まりだったのです。それまでの私の中の黒人音楽というとアース・ウィンド&ファイアーくらいだったので、そこから一挙にここに到達してしまったことになります。

で、ウェザー・リポートの話。キーボードのジョー・ザビヌル、サックスのウェイン・ショーター、ベースのミロスラフ・ビトウスの3人が主要メンバーとなり、そこにドラムとパーカッションが加わって1971年に結成しました。ショーターとザビヌルがマイルスのグループにいたので、マイルス・スクールから出たグループとされます。その手のグループとしては、ハービー・ハンコックのヘッド・ハンタース、チック・コリアのリターン・トゥ・フォー・エバーもあります。

当初はそのグループ名”天気予報”から分かるように自然志向のサウンドを展開しました。重要なコンセプトはファースト・アルバムのジャケ裏に書いてあるザビヌルが言ったという言葉”We Alwsys Solo and We Never Solo”。小山紀芳さんがそれを「ソロ/非ソロ」の原理と訳したそうです。要は集団即興のようなものだけれど、テーマ(メロディー)はもっとはっきりしていると思います。つまりアドリブ(即興)に拘っていて、この部分で非常にジャズ的なグループだったと思います。

その路線からファンク寄りになったのは、上記の『スイートナイター』(1973年録音)。マイルスがその頃やっていたファンク路線を取り入れたものであることは明白です。ファンク・リズムをやるためにもう一人のエレクトリック・ベース奏者(アンドリュー・ホワイト)を入れたり、ビトウスにエレクトリック・ベースを弾かせたりしています。アンドリュー・ホワイトがベースを弾いている《ブギ・ウギ・ワルツ》と《125丁目の出来事》はファンキーで私は大好きです。

結局、ビトウスはファンキーなベースが弾けないということで離脱してしまいました。代わって加入したのがアルフォンソ・ジョンソン。ファンク・ベースを弾ける人です。ファンクってエレクトリック・ベースが重要なんですよね。マイルス・グループではマイケル・ヘンダーソンがその重責を負っていました。ヘッド・ハンターズではポール・ジャクソンがいい仕事をしていました。

そういう流れの中でジャコ・パストリアスが起用されます。ジャコの場合はファンクというよりR&Bの人ですが、ファンキーなテイストを持った人です。そしてそのファンキーさがそれまでにない斬新さでした。もうジャコ・サウンドとしか言いようがないベースを弾くのはご存知の通りで、エレクトリック・ベースの革命児としてその名を知られる人です。更にジャコは類まれなるインプロバイザーでもあるわけで、その即興ベース・ソロを一度でも耳にしたことがある人なら、インプロバイザーとしての才能が並はずれていたことは疑わないでしょう。

このインプロバイザーというのが即興を重視するウェザー・リポートというグループに正にピタリと嵌ったわけで、ザビヌル、ショーター、ジャコによってウェザー・リポートが黄金期を迎えるわけです。

ジャコの凄さを知るにはますは『ヘヴィー・ウェザー』(1976年録音)でしょうね。グループに入ってそれ程経っていないのに、ザビヌルとジャコのコラボは既に凄いことになっています。《バードランド》という曲はキャッチーなメロディーのポップ曲というイメージになっていますが、その実、ザビヌルとジャコが代わる代わる前になり後ろになりメロディーを推進させ、軽快なグルーヴを維持させ、表情を刻々と変化させ、更に至る所に過激な音が突っ込まれているという代物です。

間に入っている、ベースの”グアーン”や、ザビヌルのアコースティックピアノ”ガン”弾き、刺激的なシンセ音、ショーターの咆哮、”ガーンッ”と入るブレイクなどなど、あなたは《バードランド》をきちんと聴いたことがありますか?そういう過激なものをメロディアスなポップ曲として聴かせてしまっている凄さに脱帽します。

そして、インプロバイザーとしての実力を知るにはライブを聴けば良いわけです。そうです。その魅力が詰まったアルバムが『8:30』(1978、9年録音)です。最高のパフォーマンスです。電車の通過音や花火の音を効果音として使い、それが全く浮いていないというスケール。基本4人でやってますから。しかも楽しい。エンターテインメントとしても一流です。会場の盛り上がりぶりは凄いことになってます。ジャコのベース・ソロ、ショーターのテナー・サックス・ソロ、ジャズです!即興あってのジャズでしょっ!

新しいファンクと新しい即興、それを最高のメンバーでやって黄金期を築いたグループがウェザー・リポートです。ジャコがメンバー入りした時、既にマイルスは一時引退状態。だからその時ウェザー・リポートはジャズ界の期待を一身に背負っていたのです。う~ん、だんだん大袈裟になってきってます。ほどほどに解釈していただきたく(笑)。

ジャコが抜けてやっぱりパワー・ダウンしましたよね。私がジャズを聴き始めたのは正にそんな時で、ある意味時代の転換期でした。マイルスの復帰、ウイントン・マルサリスの台頭、今のような閉塞感はなく、面白かったな~。

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ファンクという視線でジャズを見る。続き

前回はファンク視線でマイルスとオーネット・コールマンを見ました。今回はM-BASE(ブルックリン派)を見てみます。

私がこの人達の音楽を初めて聴いたのは、ゲイリー・トーマスの『バイ・エニー・ミーンズ・ネセサリ』(1989年)です。ものすごくカッコイイ音楽だと思いました。《ユア・アンダー・アレスト》をやっていたし、その作曲者であるジョン・スコフィールドが参加していたので、マイルスつながりで聴いたように記憶しています。デニス・チェンバースのヘビー級ファンクドラミングも炸裂。その次に本家スティーブ・コールマン&ファイブ・エレメンツの『リズム・ピープル』(1990年)を聴きました。この人達には最先端ジャズを感じましたね。当時はジャズが前進していると思いました。

そう思いつつ、当時の私はと言えば、仕事に追われていてジャズをそれほど聴けなかった時期なので、残念ながらその後をフォローしていないのです。だからM-BASEについて書くと説得力に欠ける可能性があります。でもそこは裏技を使ってしまいます(笑)。

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M-BASE(Macro Basic Array of Structured Extemporization)という音楽理念を掲げて活動する一派(ブルックリンに住んでいたのでブルックリン派とも呼ぶ)は、80年代後半に名前を聴くようになったように記憶しています。この人達もファンクをやっていました。ただし変拍子ファンクですね。当時私は新しいリズムだと感じました。この人達はリズムだけでなくアドリブについても自覚的で、独特の方法論でアドリブをとっています。そのアドリブは浮遊感があってねじれた感じか。当時はやっぱり少々違和感がありました。でもそれが新しさと受け取れました。

ここで裏技発動。この人達については後藤雅洋さん著「ジャイアンツ・オブ・ジャズ」に登場していただきましょう。1991年発行の本ですが、私はリアルタイムで読んだわけではなく、10年以上後に中古本を買いました。この本の最終章にブルックリン派(M-BASE)としてスティーブ・コールマンが登場します。こんなことが書いてあります。いくつか抜き出しました。

「ファイブ・エレメンツの音楽が追及するのは、リズムだ。彼らの演奏を注意深く聴くと、実に複雑なリズム・パターンが激しく変化していく。だが重要なポイントは、それが聴き手の身体のリズムに実に心地よくフィットする点だ。このへんがウイントン・マルサリスら、いわゆる”新伝承派”の連中が演奏途中でわざとらしくテンポを倍に取る空々しさとは対照的なところである。」
「スティーブ・コールマンの音楽には”現代の身体のリズム”を追及するという基本姿勢がある。だから”新伝承派”で踊るというのは悪い冗談だが、スティーブ・コールマン達の音楽は立派なダンス・ミュージックたりえているのだ。」
「まず彼らは、ジャズが現代置かれている立場を理解しており、そうした条件を十分考えたうえで自分達の音楽を作ろうとしていること。そしてその結果、リズムにおいて、ジャズの伝統たる身体との協同性を新たなレベルで獲得している点である。」
「彼らの音楽が現在、平均的ジャズ・ファンのポピュラリティを得ていないのは、恐らくメロディーの馴染み難さが原因だろうと思う。」
「スティーブ・コールマンとファイブ・エレメンツの魅力は、ミュージシャンの息吹がナマに伝わってくる小規模なクラブでなければ、本当のところはわからないのかもしれない。僕は幸いそういうチャンスに恵まれたけれども、ライブにおける聴衆との一体感は、缶詰音楽のレコード、CDではなかなか伝わり難い。」
「スティーブ・コールマンは、リズムの新しさや、バック・グラウンドとしての音楽体験はまさに現代のものではあるけれども、音楽を構成する基本的な考え方は、ビバップの延長上のものだ。」

実に興味深い内容です。20年前にも後藤さんは身体感覚って言ってますね。これぞ”黒耳”による聴取と言うべきか?

ファンクの延長上に位置するこのリズムが、当時の感覚にフィットしたもので、”ダンス・ミュージックたりえている”というのが特に興味深いです。元々ファンクはダンス・ミュージックですが、複雑な変拍子ファンクでもやっぱり踊れるというのが面白いですよね。後藤さんは”拍子数を(頭で)数えて乗れない”とか言ってないのがいいです。リズムを身体感覚でとらえています。

新伝承派に対するネガティブ発言も面白いですし、スティーブ・コールマンらの音楽がレコード/CDではなく小規模なクラブでないと良さが伝わり難いかもしれないというところも面白いです。

で、思いましたよ。上の文章の”スティーブ・コールマン/ファイブ・エレメンツ”を”ヒップホップ”に置き換えたらどうなるかということです。意外と成り立ってしまうような気もするのです。そうだとしたら、中山さんが「ジャズ・ヒップホップ学習会」でヒップホップが現代のジャズだと言っていたことが分かるような気がしてきました。それも身体感覚というレベルで! ただし、アドリブ・ソロ(インプロビゼーション)の有無という決定的な違いを無視することができないというのが私の意見です。

M-BASEの変拍子ファンクとヒップホップのブレイクビーツ(ファンクがサンプリングされたりした)には、黒人が求める新しいリズム感の同時f代性があったのではないかと思います。要はジャズに係っていた黒人とヒップホップに係っていた黒人の違いがアプローチの違いとなって表れただけなのではないかという気がするのです。リズムにフォーカスした場合、”ジャズ耳”のチューニングをちょっとだけ変えれば、意外とヒップホップも楽しめるのかもしれません。ただし、ファンクをジャズとして認める”ジャズ耳”が前提ですが。

話は現代に飛びます。M-BASEは今もニューヨークに脈々と流れています。リズムは特にドラミングが複雑さを増した形になっています。私が昨年のジャズ喫茶「いーぐる」の「年末ベスト盤大会」でかけたルドレシュ・マハンサッパなんかはその流れです。やっているのが黒人ではないので黒さはないですが、今では数少ない面白いジャズの一つだと私は思っています。もちろんスティーブ・コールマンは今も頑張っています。

さて、M-BASE人脈の中ではこの人に触れておかなければならないでしょうね。グレッグ・オズビーです。モロにヒップホップをやっちゃった人です。私が持っているのは『3-Dライフスタイルズ』(1993年)のみ。それも数年前にやっと買いました。オズビーはもう1枚ヒップホップ・アルバムを出しているようですが聴いたことはありません。結局その2枚しかヒップホップをやっていないようです。ジャズサイドの評価ってどうだったんでしょうね?話題になったのは確かみたいです。

本アルバムについて、ジャズ批評誌100号「90年代のジャズ」(1999年)で、原田和典さんが「まず聴くべきはサックスの”鳴り”、そしてブラック・ヘリテイジに対する畏敬の念だ。本作やゲイリー・トーマスの『オーヴァーキル』こそジャズ・ヒップホップの金字塔として語り継がれるべきだろう。」と書いています。注:アルバムにはマーヴィン・ゲイやセロニアス・モンクに捧げた曲が入っています。

JaZZ JAPAN誌Vol.6「ジャズ・ヒップホップの真実」(2011年)という記事の中では、「グレッグ・オズビーの失敗」ということで、須永辰緒さんが「”音の選び方”っていうのは(原因として)あると思います。打ち込みのキック一つとっても流行ってあるんですよ。その音の選び方が古臭いっていうのは感じますね。」と、原雅明さんが「たぶん生楽器の音には神経を使っているんでしょうけど、打ち込みの音、あるいはサンプリングされた音にそれほど気を使っていないような感じがする。」と言っています。

ジャズ側からとクラブ/ヒップホップ側からの、12年の時を経た意見ですが興味深いところです。

ヒップホップ・トラックの上で気持ち良さそうにアルトを吹いているオズビーがいます。多くの曲にラップも重なっています。ブルーノート・レーベルから出ていますから、基本的にブルーノートのレコードからサンプリングしているのではないかと思います。アコースティック・ベースをサンプリングして前に出した曲もあります。ヒップホップをかじりサンプリングの特徴も分かってきた私の耳には、トラックの出来は悪くないように聴こえます。カッコイイと思いますよ。

やっぱりニュー・トラディショナリスツ(新伝承派)を体験したジャズ・ファンには届かない音だったのではないかという気がします。ヒップホップ・ファンにはオズビーのサックスが余計なものに写ってしまったのではないかという気がします。そんな理由から結局広がりは見せなかったのでしょう。

P42M-BASEの中ではグレアム・ヘインズも『トランジション』(1995年)でヒップホップを取り入れています。全面的にヒップホップというわではありませんが、DJのスクラッチとサンプリングが融合され、そこにパーカッションがからみ、バーノン・リード、ジャンポール・ブレリー、ブランドン・ロスというギタリストが活躍。中近東風エスニック風味までもあり、独自のジャズを展開しています。こういうことができるのもM-BASEならではの感性なのでしょう。

ファンク視線でM-BASEを見たら、今の私はヒップホップにまで考えが及んでしまいました。意見の羅列でまとまりはないのですが、私としては気づきがあって面白かったです。

近々ロバート・グラスパーの新アルバム『ブラック・レディオ』が出るのですが、これがヒップホップとの関係が深く、クラブ/ヒップホップ側の人達の間ではかなり盛り上がりを見せているようです。私も楽しみにしています。

HMVの広告:http://www.hmv.co.jp/news/article/1201230067/

一般的な(便宜上の)セグメントとしての”ジャズ村”からあまりにも久々に登場した、進むべきブラック・ミュージックの”真の”未来を指し示す重要作品となり得るか否か?

どちらにせよ、ヒップホップ全盛期(その一方で、ダンス~クラブ・ミュージックとしてのヒップホップが過渡期を迎えているとも)、ブラック・ミュージックとしてのジャズが”脆弱”と叫ばれて久しい今こそ、”ジャズ村”きってのエクスペリメンタリストとしての真価が問われる一枚になることは間違いないだろう。

だそうな。ジャズがすっかりバカにされてしまっている今日この頃です(笑)。

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